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スペシャルトーク

第7回 カサヰケンイチ×高山文彦×志村貴子

PROFILE

カサヰケンイチ(監督) プロフィール

1970年4月12日生まれ、愛媛県出身。某アニメスタジオに入社後、制作、撮影、演出助手を経て演出に。『くるくるアミー』で監督デビューを果たしたのち、『ミルモでポン!』『メジャー』といった作品を監督。2005年に監督した『ハチミツとクローバー』は大ヒット作品となった。また演出・コンテとして関わった作品も多い。

高山文彦(シリーズ構成) プロフィール

1953年生まれ。アニメ制作スタジオ・トップクラフト、アートランド経てフリーに。1989年『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』で監督デビュー。代表作に『WXIII 機動警察パトレイバー』(総監督)など。近年では『ラーゼフォン』や『ストレンヂア 無皇刃譚』など、脚本・シリーズ構成として活躍。

取材・文/宮昌太朗

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(第7回 カサヰケンイチ×高山文彦×志村貴子【後編】)  【前編】はこちらから  【中編】はこちらから

――えー、話を元に戻したいんですが(笑)、監督がコンテに苦労されたという第1話。
すごく原作の雰囲気を大事にしてることが伝わってきたんですけども、その一方で大きく構成が変わってもいますよね。

カサヰ: はい、実は結構、変わってます。
高山: ひとつあるのは、原作の第3巻までで今回のシリーズをまとめるとすると、主人公はやっぱりふみになる。だから原作の冒頭っていうのは、あきらの高揚した気分から始まるんだけど、今回のアニメはふみから始めたい。そうすると、ふみの落ち込んだ気持ち――要するに、松岡の制服を見るのも嫌だって気持ちから始めて、最後にあーちゃんと会って救われる。そういう構成にした方がいいだろうな、と。あきらの「藤が谷に行くんだ」っていう、あの高揚した感じはなくなっちゃうんだけど、それはもう、あっちを立てればこっちが立たず、なわけで。
カサヰ: やっぱり頭の方は、どうしてもふみと恭己の話が話のメインになってくるんで、ふみが主人公的な役割を果たさざるをえないところがあるんですよね。ただ実は高山さんの脚本だと、あきらの初登校シーン――学校に来て「私、今日から藤が谷のお嬢様だ」ってところをバッサリ、カットしてて(笑)。
高山: えっ、切ってたっけ?(笑) 覚えてねえなあ、歳のせいだな(笑)。

――あのモノローグは重要ですよね。

M倉: ただ、脚本上で落としてしまうのは、わかるんですよ。整理の仕方として。
カサヰ: でもそこは、ちょっとあきらの方も見せてあげた方がいいな、と。それで、戻して増やしたりしてるんですよ。
志村: ありがとうございます(笑)。
高山: 『青い花』って原作自体、もともとモノローグが多い作品なんですよ。でも映像作品の場合、複数の登場人物のモノローグがあると、ちょっと気持ち悪くなっちゃう。なんで最初は、モノローグを使うのはふみとあきらだけにしよう、と思ってて。だから実は、第5話の恭己のモノローグも、最初はカットしてたんです。そうしたらプロデューサーに「このセリフはなきゃダメだ」って言われて......。
M倉: 今のって、もしかして俺の話?
高山: うん(笑)。
M倉: あの恭己のモノローグはなきゃダメですよ! そんなの当たり前じゃないですか。

――あはは(笑)。とはいえ、全体的にモノローグはカットする方向ですよね。

高山: わりと少なめにしようと。
カサヰ: 映像にしてみると、動きも加わるわけで、絵だけでわりと表現できちゃうんですよ。あと音楽も入ってくるし。そうすると、モノローグがかえって邪魔になることもあるんです。実際、アフレコで録ってたセリフでも、ダビング(※完成した映像に音楽やセリフを合わせる作業のこと)のときに、「やっぱりいらないか」って、カットすることもある。「なくてもいいんじゃないかな?」ってときはバンバン外す。結構、外すよね?
M倉: そうだね。カサヰ君はわりと外す方だよね。

――それは、セリフに頼らなくても成立するっていうことですか?

カサヰ: 二重、三重になって、かえってくどくなったりするんですよ。「これだけのものを積んで見せたんだから、わかるでしょ?」みたいな場面で、さらにセリフを重ねると、さすがに鬱陶しいかなって。「わかんないヤツはダメなんだよ!」みたいな(笑)。
M倉: カサヰ君はその辺の取捨選択がすごく上手いんですよ。

――とはいえ、さっきの恭己のモノローグもそうですけど、ファンとして絶対に外してほしくないセリフはしっかり活かしてて。そこはすごいと思いました。

カサヰ: 意外と、高山さんがバッサバッサと切ってくれるんですよ(笑)。もともと高山さんが残してるところもありますけど、高山さんが切ったのを、僕が復活させてるところも、実はあります。「ここまで切ったら、高山さん、切りすぎだよー」って(笑)。
高山: 俺、人の作品だと盆栽みたいにバサバサ切っちゃえるえんで(笑)。
M倉: これもアンタの作品だろう!(笑)
カサヰ: バンバン切って「尺が足らねえじゃん!」みたいな(笑)。そういう物理的な問題も考えに入れつつ、あとはバランスと、原作を読んで個人的に「ここのニュアンスは触れておかなきゃダメだな」とか。
高山: 志村さんのセリフって、ひとつひとつの独立性がすごく高いんだよね。シェイクスピアみたいな、いわゆる演劇的な長セリフじゃなくて、セリフとセリフの間に、すごい断章がある。だから最初は、原作のやり方がわからなかったんで、出てくるセリフを全部抜き出して、誰が言ったのか関係なしに、ダーッと並べてみたりしたんですよ。

――セリフ自体も、短いですしね。そこは志村さん自身も、意識してやってるところなんですか?

志村: 一応、意識はしてます。特に、キャラクターの会話だったり。自然な会話の流れ、みたいのは意識してますね。
高山: でも普通の喋り言葉とは、微妙に違うんだよね。ひとつひとつのコマと吹き出しが、結構印象的になってるから。
志村: だからアニメを観ると「ああ、こうするべきだった」って反省するんですよ(笑)。正しい流れにしてもらってるというか。
カサヰ: でも、アニメを作ってるこっちからすれば、ここに原作っていう教科書があって、それを元に作ってるわけだから「よくなって当たり前でしょう」というのがあるわけです。
高山: おっ、言うねえ(笑)。
カサヰ: 原作を読んだときよりも「ちょっといい」くらいの印象になって、当たり前だと思うし。
M倉: でも、原作を膨らまして、かえって印象が悪くなるものもいっぱいあるじゃん?
カサヰ: 要するに、その作品の世界観をどういうふうに捉えてるのかってことだと思うんですけどね。そこでしっかり捉えていれば、ふくらませ方を間違えないと思う。みんなね、好き勝手にやりすぎなんだと思うんですよ。
高山: おお、強気だ(笑)。
カサヰ: 自分がやりたいことが優先してて、作品が置いてけぼりになっちゃうとか。基本的に僕はそうじゃなくて、(原作を指差しながら)これを生かすためにどうすればいいかってアプローチをしてるんで。原作があって作るときに、やりたいことを優先させるのはイカンと思ってて、「だったらお前、オリジナルをやれよ」「なんのための原作なの?」って思うわけです。原作を膨らませる方向でしか、ものを考えちゃいけない。それがものの作り方として当たり前だから。

(この鼎談の続きは「青い花 公式読本」でお楽しみ下さい)

2009.9.25 UP

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